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こにゅうどうくん

滝川一益寄進状(天正三年十二月)

問い合わせ番号:16166-4802-8915 更新日:2021年 3月 29日

kisinnzyou

滝川一益寄進状(天正三年十二月)

種別

市指定有形文化財(古文書)

所有者

興正寺(日永)

指定年月日

令和3年3月24日

解説

 天正3年(1575)12月付滝川一益寄進状は、日永興正寺の境内の四至(東西南北の境目)を示して、この中の土地に寺庵や名主・百姓の所持地があっても一身田の専修寺に寄進し、年貢等の諸役を免除するという内容である。北伊勢を支配した織田信長配下の武将である滝川一益が、天正期にこの地域をどのように支配したかについては関係史料が少なく、実態が明らかになっていない。

 本寄進状が発給された天正3年は、5月に長篠の戦いで織田信長・徳川家康連合軍が武田勝頼を破り、6月には伊勢国司北畠家を信長の次男信意(信雄)が継ぎ、伊勢国における信長の勢力がより強大になった。そして8月に信長は、北畠信意・神戸信孝・柴田勝家・丹羽長秀・滝川一益・明智光秀・羽柴秀吉等を率いて、越前の一向宗門徒を鎮圧し、まもなく越前専修寺の門徒たちの還住を認めている。この出兵に際し一身田専修寺が、対立する越前専修寺を抑えるため信長に協力したともいわれ、日永興正寺境内の寄進は、その恩賞と考える向きもある。こうした中12月に発給された本寄進状は、高田派寺院研究の上でも重要な史料である。

 

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三重県四日市市諏訪町1番5号(本庁舎9F)
電話番号:059-354-8238
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