日永一里塚跡

日永の一里塚跡

日永一里塚跡

種別

県指定史跡

所在地

日永五丁目

指定年月日

昭和13年4月12日

解説

 四日市市内には四ヶ所の一里塚がありました。一里塚は、江戸時代に整備された街道において約一里(約4km)ごとに設けられた休息用の塚のことです。四日市の場合は、富田、三ツ谷(海蔵川の北詰)、日永、釆女(杖衝坂を登りつめたあたり)にあり、文化3年(1806)の「東海道分間延絵図(とうかいどうぶんげんのべえず)」で確認できます。
 日永一里塚跡は、家屋と倉庫の境界のわずかな空き地に標柱が立っているのみで塚自体は既にありません。