羽津・阿倉川土地紛争の判決文書

羽津・阿倉川土地紛争の判決文書

羽津・阿倉川土地紛争の判決文書

種別

市指定有形文化財(書跡)

所有者

四日市市立博物館

指定年月日

昭和31年2月18日

解説

 寛延3年(1750)、羽津村が志根我野で芝を剥ぎ取ったところ東西の阿倉川村がこれを妨げ、畑中に杭を打ち、村境としたことに端を発し、これに小杉村の垂坂山をめぐる境界争いが加わった裁判の判決文書です。代官の多羅尾四郎右衛門は裁決できず、幕府の判断を仰ぎました。3年の評定を経て、志根我野のほとんどが東西阿倉川村のものとなり、小杉村の主張もほぼ認められましたが、東西の阿倉川村となった荒野については入会料を払うことで羽津村も立ち入りが許される結果となりました。
 判決文書は絵図とともに木箱に収められ、両阿倉川村が一年交代で大切に保管していました。