富田一本松

富田一本松

富田一本松

種別

市指定記念物(史跡)

所在地

東富田町

指定年月日

昭和49年10月23日

解説

 「伊勢軍記」による永禄三年(1560)の茂福合戦で鈴鹿の神戸勢が海路から上陸する際、目印になったといいます。茂福合戦は、羽津城の田原氏と茂福城の茂福氏の戦争で、鈴鹿の神戸勢の援護を受けた茂福氏が勝利したとされます。石碑が立てられており、碑文には「永禄三年、茂福合戦のとき神戸軍 同十一年滝川軍の上陸目標となる 安永九年 富田大火にも類焼せず 瑞祥の松として崇められ また内海航路の目印となる 富田民の心のふるさとの神の松も 永年風雪に耐え 樹齢七百年を経て枯死する ここに往時を偲び 史跡として永久に記念し 後世に伝えるためこの碑を建てたものである」と富田文化財保存会の名で刻まれています。
 樹齢700年を数え、高さ12mの立派な松でしたが、昭和三十四年(1959)の伊勢湾台風などで遂に枯れてしまいました。今は高さ5mの幹の部分だけが残っています。
 かつてこの地に居住していた俳人山口誓子の「町なかの 昔の松の 春の暮」の句碑がそばに立っています。