天武天皇迹太川御遥拝所跡

天武天皇迹太川御遥拝所跡

天武天皇迹太川御遥拝所(てんむてんのうとおがわごようはいじょ)

種別

県指定記念物(史跡)

所在地

大矢知町

指定年月日

昭和16年5月21日

解説

 「日本書紀」によると、天武天皇の元年(672)に勃発した壬申の乱の際、大海人皇子は、奈良の吉野を離れて伊賀に入り、鈴鹿から三重郡衙(ぐんが)(三重郡の役所)に進み、さらに朝明郡迹太川(あさけぐんとおがわ)のほとりで天照大神(あまてらすおおみかみ)に戦勝祈願したといいます。御遙拝所跡の碑が立つこの地は、まさにその場所であると推定されたところです。慶応二年(1866)に造立した石灯籠には「天武天皇呪志(のろし)の御松斉宮」とあり、確かに近年まで松の古木が立っていました。この松の存在が決め手となって、この地が御遙拝所跡として昭和十六年に指定されました。石灯籠の造立時期とともに、そこには当時の社会背景が色濃く反映されているように感じます。この松もついに枯れてかつての面影を偲ぶだけとなりました。また迹太川とは朝明川のことなのかそれとも米洗川を指すのかは、今もって明らかとはなっていません。