慈恵大師坐像

慈恵大師坐像

慈恵大師坐像

種別

重要文化財(彫刻)

所有者

観音寺(垂坂町)

法量

像高80.3cm

材質・形状

木造 彩色 彫眼

製作年代

観応二年(1351)

指定年月日

大正2年8月20日

解説

 髪を剃り、胸の前で数珠と独鈷杵(どっこしょ)を握り、結跏趺坐(けっかふざ)しています。慈恵大師は、元三(がんざん)大師(正月3日に亡くなったため)とも角(つの)大師ともよばれますが、そもそもは良源(りょうげん)という名の僧で、平安時代中期(10世紀)に比叡山の延暦寺で修行していました。堂舎の再建や学問の奨励などをおこない、叡山中興の祖といわれる一方、浄土教の信仰者でもあり、弟子には「往生要集」(おうじょうようしゅう)の著者として有名な源信がいました。没後は、霊験あらたかな僧として伝説化され、その象徴として異様に長く伸びた眉毛や耳毛が画像や彫像に表現され、また魔よけの札に角を生やした鬼の姿で描かれ、角大師として庶民に信仰されました。この像にも眉の付け根に小さい穴が空けられており、もともと長い眉毛の植え込まれたことを推測させます。
 錆漆(さびうるし)を像表面に塗り、白土で下地を施した後、彩色を行ったようですが、ほとんど剥落しています。像内の背面に墨書銘があり、その内容から観応二年(1351)に永賢という僧が、世の中の平和と人々の繁栄などを願い、乗賢という仏師に造らせたこと、観音寺が天台別院すなわち延暦寺の支院であり、平安時代から存在する1000年以上の歴史をもつ寺院であることがわかりました。